原著論文 こちら
Phalloplasty with an Innervated Island Pedicled Anterolateral Thigh Flap
in a Female-to-Male Transsexual
Kenjiro Hasegawa*, Yuzaburo Namba, and Yoshihiro Kimata
知覚付きALT有茎皮弁によるFTMの陰茎形成 (症例報告)
抜粋
:2001年より筆者らは、FTMTSのPhalloplastyにおいて遊離前腕皮弁での形成を第一選択としてきた。本件では、Allenテスト陰性の22歳のFTM患者に対して、知覚付きALT皮弁でtube-in-tube法での陰茎形成を行い良好な結果を得られた。前腕皮弁と比較して、有茎皮弁を利用したPhalloplastyは以下のメリットがある:
1)microsurgeryが不要、2)目立つ傷が残らない、3)皮弁採取部位の機能不全が最小に留まる、4)主要な血管の損失がない。したがって本法は、陰茎再建に有効な代替法と考えられる。
Key words: GID、SRS、Phalloplasty
1997年に日本精神神経学会から、「GIDの診断と治療ガイドライン」が発表された。このガイドランに従い、筆者らは2001年1月からGID患者のSRSを開始し、2008年12月までにFTM23名のPhalloplastyを行った。遊離前腕皮弁は皮弁の第一選択肢とされてきたが、アレンテスト陰性で前腕から皮弁採取ができない場合は、深下腹壁穿孔動脈皮弁、浅回旋腸骨動脈皮弁なども選択されてきた。
本事例では、アレンテンスト陰性のFTMが知覚付きALT皮弁で、陰茎と尿道はtube-in-tube法による単一皮弁で形成を行い、良好な結果が得られた。
症 例
患者は日本精神神経学会発行、「GIDの診断と治療ガイドライン」によってFTMTSと診断された22歳で、ホルモン療法を開始して5年経過している。患者は4年前(18歳)に両乳房切除、2年前(20歳)に卵巣・子宮摘出と尿道延長を終えており、上記患者にPhaloplastyが実施された。
手術前、左手のアレンテスト陰性、MDCT血管造影でも浅掌動脈弓・深掌動脈弓の循環障害がみられた(図1)ことから、左手より遊離前腕皮弁を用いた再建を検討した。ドップラーによる穿通枝の検索では、右前外側大腿部の中心までの距離1/3末端で、2つの穿通枝を確認できた。またMDCT血管造影でも、同じ同部位に穿通枝を確認できた(図2A、2D)。MDCT血管造影では、長さ15cmほどある大腿回旋動脈の下降枝(DB-LCFA)を確認できた(図2A,2B)ため、知覚付き前外側大腿皮弁によるPhalloplastyの実施を予定した。
術前の皮弁デザイン。ドプラーによって穿通枝の位置を確認、右大腿部の皮膚上にマークをし、それを中心に皮弁をデザインした。皮弁は3部位から構成される:新尿道用として4cmx15cmで横方向の長方形部位:近位の幅12cm台形の内側部分、9cm幅の先端、そして陰茎の形成用として11cmの長さがある。1cmx13cmの上皮を除去した長方形の中間部分で、皮弁を縫合する(図3)。
患者仰臥位で皮弁を挙上した。皮膚と筋膜は皮弁内側縁で切開し、内側から横方向へ筋膜下で切開する。大腿直筋と外側広筋の筋溝中隔に2つの穿通枝が同定され、それを固定した。その後、大腿回旋動脈の下降枝を筋中隔で切除する。大腿神経走行に併走する運動枝は血管茎から分離した。ついで、外側大腿皮神経は皮弁の近位境界部で同定され、さらにこれを近位5cm部で切除して分離した。皮弁横方向の境界は筋膜まで切開し、外側広筋の筋膜下で内側方向に向けて切開した。皮弁遠位端の境界部は切開し、皮弁は遠位から近位方向へ挙上した。
W型切開を恥骨部皮膚でおこない(図4)、支配神経含むALT皮弁は、大腿直筋と縫工筋下のトンネルを経由して陰部へ移植した。
皮弁外側は、尿道形成のため18Frカテーテルを巻き込んだ(図5A)。この新しい形成尿道は、皮弁内側部分でtube-in-tube式の管を作成して包んだ。(図5D) 。
形成尿道は、前回の手術でクリトリス手前まで延長してきた外尿道口と吻合した。2本の陰核神経背部の2本と 陰部神経の末梢枝をクリトリス両サイド(図5B/原著を参照)に特定し、皮弁由来の外側大腿皮神経の2本と縫合した(図5C)。形成陰茎の筋膜は恥骨骨膜
に縫合し、皮膚閉鎖した。(図6A,6B/原著を参照)皮弁採取部は、対側大腿より採取し、分層植皮を行った(図6C)。
抗生剤を7日間投与したが、術後に抗凝固薬は投与していない。患者は7日間のベット上安静後、歩行許可された。術後2週間で膀胱留置カテーテル抜去し立位排尿が可能となった(図7A/原著を参照)。皮弁壊死、尿道皮膚瘻または尿道狭窄などの合併症もなく、術後経過は良好であった。術後半年で、再建した陰茎に性的感覚を獲得している。術後10ヶ月に亀頭形成をおこない、審美的に良好な陰茎となった(図7B/原著を参照)。
考 察
文献上、初めて陰茎再建術を報告したのは、1936年Bogorasによる、筒状腹直筋有茎皮弁に支柱として肋軟骨を挿入した報告である3)。 その後tube-in-tubという、同一皮弁にて陰茎と尿道を再建する画期的な概念を提唱したのは、1946年にMaltzの報告が始まりである4)。この方法は後にGilliesとHarrisonらによって改良が加えられ普及する術式となった5)。 1971年に、KaplanとWasserが初めて、知覚を有する陰茎再建の方法を報告した;彼らは尿道に陰嚢皮弁を使い、大腿内側皮弁で陰茎本体を形成している6)。 1982年、Puckettらはmicrosurgeryにて遊離皮弁で陰茎形成を行い7)、その後は多くの研究者によって、多様な遊離皮弁での陰茎形成術が報告されている8-10)。特に1984年、ChangとHwangが報告したtube-in-tubeによる遊離前腕皮弁によるPhalloplastyは、機能性、整容的にも非常に満足度の高い方法であった8)。
Gillbert10)ら、HageとGraaf11)は、以下に理想的なPhaloplastyの特性を報告している:(1)一期的手術で終わる
(2)立位排尿が可能であること (3)正常に近い感覚(触覚、性感など)を有している (4)再建陰茎は支柱が挿入可能なだけの十分な厚みを有している (5)再建陰茎の外観が、美的観点においても十分な価値を有すること (6)皮弁採取部の瘢痕が少なく、目立たない (7)皮弁採取部の機能的損失がない。
前腕皮弁はPhalloplastyにほぼ理想的な皮弁と考えられているが、前腕に目立つ傷痕が残ってしまうという問題がある。ChangとHwangの後にも12-15)有茎島皮弁14)や遊離15)大腿外側遊離皮弁など、さまざまな皮弁によるPhalloplastyが報告されている。本事例で筆者らは、トランスセクシュアルFTM患者において、tube-in-tubeテクニック17)による知覚つき大腿外側有茎島皮弁でPhalloplastyを行った。
前腕皮弁と比較して、この方法によるPhalloplastyでは、以下のような利点がある :(1)microsurgeryが不要 (2)目立つ部分に傷が残らない(3)皮弁採取部の機能不全がごくわずかで済む (4)主要な血管を犠牲にしない。 一方で次の欠点がある: :(1)ALT皮弁では解剖学変動が大きい (2)肥満患者の皮弁はぶ厚くなる。 これらの知見に基づき、この方法はAllenテスト陰性や、前腕から皮弁を採取されたくない患者に適切な方法と考えられる。 さらにALT皮弁の術前には、ドプラーだけでなくMDCTにて血管造影を行い穿通枝の確認が必要となる。また、術中に主要な穿通枝を見つけられない可能性があることも、留意すべきであり、その際は他の皮弁に切り替える15)。従来、Allenテスト陰性で、審美的理由から前腕皮弁の採取を望まない患者にはMicorsurgeryを必要としない深下腹壁動脈穿通枝皮弁12) や浅腸骨回旋動脈皮弁16) などの島状有茎皮弁を使用してきた。これらの皮弁は、一期的手術で縫合まで行えるという利点はあるが、神経支配を有していないという欠点があった。大腿内側皮弁は有茎皮弁のなかでも知覚つき皮弁として使える6)が、筆者らが知る限りで、tube-in-tubeで大腿内側皮弁によるPhalloplastyの報告はない。しかし、将来的にはより多くの臨床経験が必要とされることから、この方法は陰茎再建に有用な代替策と思われる。
現時点で日本では、GIDでSRSを受ける患者に医療保険は適用されていないため、手術にかかる費用全額を自己負担しなければいけない。筆者らの施設では、トランスセクシュアルのFTMが受ける有茎島状皮弁と遊離皮弁によるPhalloplastyの間で、価格に違いはない。将来的にSRSが保険適用されると、有茎島状皮弁によるPhalloplastyの医療費は、遊離皮弁によるものより30万円は安くなると予測される。