1、手術前


1、手術前
1)患者の意思決定
 手術療法を受けた仲間やインターネットから情報収集をしたり、タイでは様々なアテンド会社が説明会を開いているので、情報収集は容易になった。
 一般的な患者は、外来を訪れて検査を受け、医師から手術療法と他の治療法に関する説明を受けて、選択肢を前に迷う場面がある。あるいは、手術を受けると決心したものの、どの病院を選択し、どの術式を選択することが自分にとって最良なのかと考え、迷う患者も多い。近年はインフォームド・コンセントが広く実施されるようになり、患者の意思決定が尊重されるようになっている。本来、術前のこの段階は本人と医療者にとって非常にデリケートな時期で、意思決定に至るプロセスは患者にとっても第一の山場といえる。
 SRSに特徴的なのは、生殖器、セックスにかかわる手術であるに関わらず、そこに至る経過に医療者の支援が非常に限定的で、来院した時点では、当事者本人が(一見して)既に決断をしていることにある。それでも、どのようなことが行われるか、起こり得るかを知ることは「こんなハズじゃなかった」という後悔を回避するコツでもある。極言すれば、医療者にとって手術は「第三者」の痛みであって、お金と時間をかける当事者の面倒を、生涯に渡って見る立場ではない。してしまうと取り返しが付かない。この段階で主体的に確認をした方がいい。

2)術前準備
●確認する大事なポイント 
-予定される手術の方法と起こりうる合併症:個々の身体状況でも状況が異なる。あまり書けないことだが、医療者は当たり前すぎて説明をしないこともある、患者側から確認をすることも大事。

ー術後経過と入院期間:手術後に留置しておくドレーン類の抜去時期、創傷の治癒経過と期間、退院の目処も異なる。点滴の終わる期間、歩けるようになるまでの日数。日本では、これらを記載した予定表(クリニカルパス)を渡すこともある。海外では、アテンドに確認すればおよその事は把握していると思われる。

●書類              
約款のようなもので、じっくり読むことはほぼないのでは。基本的な書類としては

「 入院申込書、個人情報シート、麻酔同意書、手術同意書、手術説明書、HIVなど術前検査同意書、輸血同意書 」

入院申込書や個人情報シート(問診表など含む)には保証人、緊急連絡先を記載する欄があり悩むところか。海外のSRSであれば事前払いをすることが殆どなので、取りっぱぐれはないが、緊急時の連絡先としての要請だ。日本では少なくとも1名の記載が求められる。全く内緒でする人も珍しいが、文字通り、緊急時には連絡されてしまう。隠していたとしても、手術をする段階で説明せざるを得ない。

国や病院によってタイトルは多少変わるが、内容は変わらない。そして、緊急入院で家人と連絡が付かない場合はやむを得ないとして、SRSのような予定手術は、これらの書類全てへサインをする契約の儀式、を抜きにしては次へ進めない。実際は、例えば麻酔同意書に「同意」と署名してもやはり、大小の麻酔関連合併症は起こる。そこでどこまでの保障が行われるか。麻酔に限らず、何らかの合併症(と言う名の事故も含む)が起きた際、本人に意識があればそれなりに対処をできるかもしれない。術後のそういう場面では、あまり頑張れないとは思うが…。最善の方法は、術前後いずれかの場面で付き添い者の視点が入っているいることで、それが証言となりうる。患者中心主義が趨勢であっても、患者にとって病院というアウェイの場でおきた何かに、患者1人では中々太刀打ちできない面もある。そう考えると、SRSで家族や恋人が付き添うことや、アテンドがいることは、医療者にとって”ある種の緊張感”を生む。私のように、メリットデメリットを踏まえ、自己責任かつ、治療中も色々と気配りしながらお一人さまSRSを受けるのも、選択肢の一つである。

●検査…なにがわかる?
ー胸部単純x線検査:呼吸器疾患の有無、健康診断として。麻酔による呼吸・循環器系への影響は大きい。術前の状態を記録しておくことは、術後の状態変化の際にも有用。

ー呼吸機能検査:性別、年齢、身長から肺活量などの肺機能を検査。これも、麻酔や手術中体位で呼吸・循環器系への影響があるため。この検査で手術や麻酔をすることによる合併症リスクの有無が予測される。

ー心電図:不整脈、虚血性変化(心筋梗塞など)、心室肥大などが分かる。脱ぐ検査なので、オペ前の当時者には少し辛い検査になるが、体に力が入ると正しく波形が出ないのでリラックス、手足の末梢を露出できる服装で検査を。麻酔や出血,臥床など、手術中~後の環境も心臓の働きに影響がでる。心電図で、ある程度の合併症予測ができる。

ー血液検査:血や尿から、血液型、血の固まり具合、ウィルスの有無、糖尿病や貧血の有無、腎臓や肝臓の機能、栄養状態がわかる。手術で内臓やその周囲の組織・血管を損傷するので、血の固まり具合は重要。糖尿病や貧血、栄養状態が悪いことが術後の回復過程を遅らせる原因にもなる。

●輸血
手術時間が長くなるFTMのPhllplastyでは、自己血輸血をする場合もある。取り寄せる場合もあり、念のため、採血で血液型、抗体の有無を確認する。輸血も拒否反応の起こる「移植」なので、輸血の同意書へサインは必須。

●歯科受診:頭を後ろへ反らせることができるか。グラグラした歯、差し歯はないか、の確認。全身麻酔では挿管をする際、不安定な歯や差し歯に金属が当たって外れる、折れることもままある。眼が覚めて「歯がない(あまりないが)」とならないように。また、挿管をするためには図のように頭をしっかりと反らせる必要がある。元々、ムチ打ちなどで頭を後ろへ反らせるのが難しい人は、その旨をしっかり伝えるとよい。日本の大きな病院では、術前検査の段階で麻酔科医がこの点をスクリーニングするので、心配はない。

 

●体調管理
ー喫煙:術前後で禁煙に期待される効果は                   ①呼吸器機能の向上  ②スムーズな創傷治癒
 術前に禁煙しても4~6週間は影響が残る、といわれるが、即効性のある影響といえば痰のキレがよくなることだ。煙草の化学物質が、肺や気管支の細胞を痛めることで、痰キレが悪くなる。禁煙数日でこれが改善することは、禁煙者がよく経験することだろう。また、全身麻酔による人工呼吸器管理と手術の体位で、肺の機能が一時的に落ちる。禁煙により、咳き込みや痰を出しやすくなり、肺炎などの合併症予防になる。
 喫煙で吸入された化学物質は、大中小の血管をキュツと収縮させる。喫煙者にみられるくすみは、毛細血管が豊富な顔面の皮膚に、血流が慢性的に低下していることも一因だ。
 喫煙→血管が収縮→手術で傷をつけた組織が治ろうとしている→組織の血流が低下→治りが遅れる、傷が広がる
 ヘビースモーカーによる合併症としては、陰茎再建後12日目の血栓(1),3ヶ月後の再建陰茎内尿道狭窄(2)報告がある。いずれも前腕遊離皮弁での症例。再生陰茎は少ない接続面積で、血流が豊富とはいえない。術後ある程度の期間が経過しても、喫煙再開は注意したほうがよいといえる


(1)Gilbert,D.A.,Schlossberg,S.M.,Jordan,G,H,:Ulnar Forearm Phallic Construction and PenileReconstruction.Microsugery,16 :314-321,1995

(2)Nooddanus,R.P.,Hage,J.J.:Late salvage of a "free flap" phalloplasty:A case report.Microsugery,14:599-600,1993.


ー糖尿病など内臓疾患、呼吸器・循環器疾患
 糖尿病は傷の治りが悪くなる。このような場合日本では、予定されている手術なら術前に何日か入院をして、血糖コントロールを行う。手術前から手術後まで、血糖変動には常に注意して観察するポイントとなる。ほか内臓疾患、循環器疾患など何かしらの既往歴があれば、それらは全て手術に影響してくる。特に、血液サラサラ系の飲み薬、糖尿病の内服薬、またある種の血圧を下げる薬は、出血が止まらない、など手術への影響が大きい。手術前の問診でこういうリスクは見つけられるはずだが、タイでは手術前後の看護体制が日本と同様ではない。これらの手術に影響を与える原因は、必ず医師へ伝える。ずっとコントロールできていた喘息が、手術をきっかけに再燃することもある。医療者は体を透視できる神ではない。既往歴を医療者、またはアテンド業者へ伝えるまでは本人の仕事だ。そこから先の、リスクを考慮し、何か問題が起こったときは医療者は勿論、アテンド業者の管理責任である。頑張ってもらうためにも、自分がもつリスクを伝える義務が患者にも求められる。 

3)入院~術前処置

 ●禁飲食:全身麻酔を受けて手術を行う患者は、術前の21時以降から固形物は禁食。水分は24時以降禁止となる。胃を空にすることで麻酔薬の安全性の確保と、誤嚥の予防を図るためだ。術前後の栄養管理、水分補給や創傷治癒などの観点から、飲食時間を工夫する取り組みもある。保険診療との兼ね合いもあり、創傷治癒を促すといわれる栄養補助食品(スポーツドリンク風)を提供する施設もある。これは朝6~7時頃まで飲水可となっていることもある。私が勤務していた病院での術前処置では、可能であれば上記の栄養補助食品を飲んでいただいていた。また、別施設で手術を受けたときには、同様の飲料を提供された。
 
 

 

 全身麻酔の薬は、大きく分けて「意識をなくす、筋肉を弛緩させる、痛みをブロックする」に分けられる。筋肉はモリモリの見た目で分かるものをはじめ、血管、心臓、腸管、眼や耳の聞こえを調整するもの…と、全身にくまなく広がる大小あらゆる筋肉を緩めることである。胃や腸も緩むので、術後は腸が動き始めてから「まず水から…」そして消化のよいものへと段階的に胃腸を覚醒させていく。腸の中に食物残渣があることが、麻酔により麻痺している腸にとっては負担となる。イレウス(腸閉塞)の原因にもなるため、全身麻酔前の禁飲食は患者がコントロールできる術前準備の第一歩である。とはいえ、予定された手術がずれこんだり、予定そのものが夕方以降のこともある。予め夕方以降の手術と分かっていれば、朝食まで食べてもOK、と主治医が判断する場合もある。とはいえ、少しでも腸管の合併症を回避したい、と考えると、少々の空腹でも死ぬことはない、食べることで死ぬ思いをするより余程マシとは思うのだが、如何だろう。ときどき、いつまで待たせるのだ腹が減った、と怒る患者もいる。そういうときは「食べるのは勝手だが苦しい思いをするのは誰でしょう」という趣旨を最大限オブラートに包んで説明すると、皆静かになる。

 人工呼吸器の挿管刺激が、嘔吐を誘発することもままある。その時、胃に食物残渣があると、これも誤嚥性肺炎の原因になる。以上のことから、全身麻酔前の禁飲食は必須である。

●内服管理: 降圧薬、抗痙攣薬、抗不整脈薬、血糖降下薬、抗凝固薬など、特殊な薬剤を使用している場合は、急に内服を止める訳にもいかない。内服をいつまで続けるのか、止めるのか。これは医師に確認を行い、医師と麻酔科医師の間で協議される。通常の内服状況と異なるため、術前後は看護師が内服管理を確認することが多い。 

●浣腸:特にS状結腸による造膣術を受けるMTFでは、手術中に腸内容物が腹腔内に流出したり、吻合部を汚染しないよう、術前に消化管を空にしておく必要がある。当然、FTMでも、大腸に貯留した便が残ったままではイレウスを起こすリスクが高くなる。術前からの下剤内服、または浣腸が行われる。

●除毛:術前の皮膚の準備には、皮膚上に存在する微生物の数を減らし、術野の消毒効果を確実にして、術後の創感染を予防するという目的がある。 術野周辺を広く剃毛する方法は、古くから行われている。1970年代から米国を中心とした研究では、カミソリを使用した剃毛では、まったく除毛しなかった群と比較して術後創感染の発症がむしろ高い、という結果が出ている。 私が日本国内で経験した手術では、2000年ころからの全例で、医療用バリカンで五厘刈程度にカットしていた。カミソリを使用した剃毛はあまり見られなくなってきているが、タイでは今も術前にカミソリでの剃毛がスタンダードだ。


●臍の処置:FTMの性腺除去手術で、内視鏡を使用した術式の選択も増えてきた。内視鏡の傷は、お腹を膨らませるガス注入用、切除する器具用、観察する器具用、と平均して3~4か所の孔を開ける。 通常は垢の多い場所なので、なるべく臍は避けるが、臍から内視鏡の器具を挿入する場合は、事前に臍のゴマを処置される。器具挿入と同時に、臍のゴマ(垢の塊)が無菌状態の腹腔に落ち込む、感染リスクを避けることが目的だ。普段から入浴時に清潔を保っておけば、術前の処置も素早く済む。    

●爪切り: 患者自身による皮膚損傷予防。またマニキュアがあると、酸素飽和度を正しく計測することができない。光の反射で酸素濃度を測定しているため、爪保護の透明マニキュアであっても測定値に影響が出るため、事前に除去をしておく。

●暇つぶし物品:FTMのPhalloplasty準備、Phalloplastyは術後数日はベット上の安静を余儀無くされる。また、歩行許可が出ても、病棟内を歩くのには限度がある。院内図書館がある国内の病院であれば本を借りて読書もできる。アテンドを使ったタイのSRSであれば、DVD鑑賞やゲームなど、暇つぶしグッズは準備されている。長い時間を病室で過ごすので、いい機会として資格の勉強をするなど、なにかしら自分好みの暇つぶしを用意した方が良い。

●お支払い: タイは○万バーツと、円、バーツ、ドル建てお好きな通貨で事前支払いが多い。カード払いは最も両替レートが良いとも聞くが、通貨と手数料の関係もある。手術代金は数十万円単位の支払いになるので、レート次第ではホテル数泊分の違いは出る。国内オペでも、病院・クリニック共に支払いはカード、現金どちらも可能。

 ここから先は、保険証の性別を訂正した後の話になる。FTM/MTF共に性腺除去をしており、修正オペとして何かしらの病名が付けば、保険診療をすることも可能。ここは長らく通院していること、そして医師との交渉になる。保険適応で修正手術をする事前に、自分の所属する保険者(市町村、組合など)で申請をして「高額医療費」専用の保険証を作っておく。私が市役所で御願いしたときはその場で作ってくれたが、会社で御願いした時は2週間程度かかった。総務の窓口で書類を貰えば、特に問題なく(個人情報なので、万一窓口で尋ねられたとしても答える義務はない) 提出までできた。

 大きな組織だったので、高額医療費専用の保険証は、自宅へ郵送された。国内の大学病院で、都合4回の修正オペをした。中には、3割負担の方が安い時もあったが、私は80100円の定額プラス食費などで、9万円でおつりがきた。社会保険、やっぱり強い。